自己紹介的なこと
- 2014/10/02
- 01:59
とりあえず当面の目標として、
毎日ブログをアップしてみようと思います。
…明日には止まるかもしれません。それくらい私の敵は「めんどくさい」なのです。
もう何をするにもついてきます。めんどくさい。
基本的に怠け者なのです。
今日は私の自己紹介的なものを書いてみようと思います。
一人暮らしの30代女です。
バイセクシャルなので、男性とも女性とも交際したことがございます。
彼女と死別したので、現在は一人でモソモソ暮らしています。
なんだかんだで人前で表現することに関わっていて、
それ故に身バレを嫌がっています。
(別にいいんですけど、それ故に仕事がらみの人にヤンヤ言われるのがめんどくさい←早速出た)
アナという名前は、例のありのままの云々は関係なくて、
彼女が気に入っていた、私の演じた役の名前から取りました。
スピリチュアルなことに興味津々ですが、基本的に疑っています。
疑いようもないことも多々経験していますが、やっぱり疑っています。
目に見えないからです。
これが見える体質とかならまたいいのですけれど、サッパリ見えないのです。
エネルギーワーク系は体感で受け取り、
チャネリングは「なんとなくこんな感じのことが頭に浮かぶなあ」、
そんな感じです。
もっとバリバリにスピリチュアルな体質だったらいいんですけど、
なかなかそうもいかず、最近は心理学を勉強しています。
不思議なことに、「~学」とかつくと 人ってちょっと信じるみたいですね。
結局同じようなことを別の角度から見ているだけな気がするんですが。
「スピリチュアル?はあ?宗教でしょ?詐欺でしょ?」
みたいなメンヘラさん(精神的に病んでる人)を元気にできないもんだろうか、
自分を幸せにできるのは結局自分なんすよ、
みたいなことを伝えていけたらいいなーというのが最近のテーマです。
だから心理学を勉強しようと思ったわけですが。
亡くなった彼女の家は、母親が某宗教にハマっていました。(たぶん今も)
彼女は幼少期からそっちの英才教育を受けてしまったおかげで、
その呪縛(という表現をあえて使いますけど)抜けたいのに抜けられなくて、随分苦しんでいました。
「違うと思うんだけど、それでも母親が正しい気がする。
妹は母親の言うことを聞けているのに、自分はそれに従えないから母親に認めてもらえない。
母親に認めてもらえないのは自分が変なんだ。
変じゃないとも思っているけど、やっぱり母親に認めてもらいたい。
変わりたいのに、変わる勇気がない」
彼女はよく、そんなようなことを言っていました。
「死んだら何も残らない。生まれ変わりなんてない」とも。
私も昔は今より精神を病んでいて、メンヘラ全開でした。(また機会があったら書きます)
それをなんとかかんとか乗り越えてきたので、彼女も変われるんじゃないか、そう思っていました。
でも、彼女はこの世を去りました。
彼女はスピリチュアルなことをバカにしていました。
母親の信じる宗教と同じようなもの、と思っていたのかもしれません。
あの頃私がスピではなく、心理学を勉強していたなら、私ももっと彼女に寄り添えたかもしないし、
彼女ももう少し楽になれたのかな、と思ったりもします。
「人間はこういう性質を持っているから、こうなんだ」とでも説明することができたのなら、
楽になったかもしれません。
全部結果論ですが。
別に何を信じようがどう思おうがどうでもよくて、
ただ、日々を楽しく生きることができるなら、何を支えにしてもいいと思うんです。
だから、私の周りの人が笑顔でいられたらいいなと思います。
彼女が死んだとき、本当に大好きだったし、一番大事な人だし、本当に悲しかったけど、私は死のうと思いませんでした。
友達がいてくれたからです。
友達にこんなに悲しい思いをさせてはいけない、そう思いました。
だからいくらお金を使おうが、どんな手段を使おうが、自分が元気になれるように行動してきました。
その時に、私を支えてくれたのは、スピリチュアルなことでした。
だから、見えなくてもよく分からなくてもスピリチュアルなことに価値を感じているし、
勉強しているのかなと思います。
うーん、とりとめのない感じになってしまった。
やっぱり彼女のことは まだ全然消化できていないのですなあ。
毎日ブログをアップしてみようと思います。
…明日には止まるかもしれません。それくらい私の敵は「めんどくさい」なのです。
もう何をするにもついてきます。めんどくさい。
基本的に怠け者なのです。
今日は私の自己紹介的なものを書いてみようと思います。
一人暮らしの30代女です。
バイセクシャルなので、男性とも女性とも交際したことがございます。
彼女と死別したので、現在は一人でモソモソ暮らしています。
なんだかんだで人前で表現することに関わっていて、
それ故に身バレを嫌がっています。
(別にいいんですけど、それ故に仕事がらみの人にヤンヤ言われるのがめんどくさい←早速出た)
アナという名前は、例のありのままの云々は関係なくて、
彼女が気に入っていた、私の演じた役の名前から取りました。
スピリチュアルなことに興味津々ですが、基本的に疑っています。
疑いようもないことも多々経験していますが、やっぱり疑っています。
目に見えないからです。
これが見える体質とかならまたいいのですけれど、サッパリ見えないのです。
エネルギーワーク系は体感で受け取り、
チャネリングは「なんとなくこんな感じのことが頭に浮かぶなあ」、
そんな感じです。
もっとバリバリにスピリチュアルな体質だったらいいんですけど、
なかなかそうもいかず、最近は心理学を勉強しています。
不思議なことに、「~学」とかつくと 人ってちょっと信じるみたいですね。
結局同じようなことを別の角度から見ているだけな気がするんですが。
「スピリチュアル?はあ?宗教でしょ?詐欺でしょ?」
みたいなメンヘラさん(精神的に病んでる人)を元気にできないもんだろうか、
自分を幸せにできるのは結局自分なんすよ、
みたいなことを伝えていけたらいいなーというのが最近のテーマです。
だから心理学を勉強しようと思ったわけですが。
亡くなった彼女の家は、母親が某宗教にハマっていました。(たぶん今も)
彼女は幼少期からそっちの英才教育を受けてしまったおかげで、
その呪縛(という表現をあえて使いますけど)抜けたいのに抜けられなくて、随分苦しんでいました。
「違うと思うんだけど、それでも母親が正しい気がする。
妹は母親の言うことを聞けているのに、自分はそれに従えないから母親に認めてもらえない。
母親に認めてもらえないのは自分が変なんだ。
変じゃないとも思っているけど、やっぱり母親に認めてもらいたい。
変わりたいのに、変わる勇気がない」
彼女はよく、そんなようなことを言っていました。
「死んだら何も残らない。生まれ変わりなんてない」とも。
私も昔は今より精神を病んでいて、メンヘラ全開でした。(また機会があったら書きます)
それをなんとかかんとか乗り越えてきたので、彼女も変われるんじゃないか、そう思っていました。
でも、彼女はこの世を去りました。
彼女はスピリチュアルなことをバカにしていました。
母親の信じる宗教と同じようなもの、と思っていたのかもしれません。
あの頃私がスピではなく、心理学を勉強していたなら、私ももっと彼女に寄り添えたかもしないし、
彼女ももう少し楽になれたのかな、と思ったりもします。
「人間はこういう性質を持っているから、こうなんだ」とでも説明することができたのなら、
楽になったかもしれません。
全部結果論ですが。
別に何を信じようがどう思おうがどうでもよくて、
ただ、日々を楽しく生きることができるなら、何を支えにしてもいいと思うんです。
だから、私の周りの人が笑顔でいられたらいいなと思います。
彼女が死んだとき、本当に大好きだったし、一番大事な人だし、本当に悲しかったけど、私は死のうと思いませんでした。
友達がいてくれたからです。
友達にこんなに悲しい思いをさせてはいけない、そう思いました。
だからいくらお金を使おうが、どんな手段を使おうが、自分が元気になれるように行動してきました。
その時に、私を支えてくれたのは、スピリチュアルなことでした。
だから、見えなくてもよく分からなくてもスピリチュアルなことに価値を感じているし、
勉強しているのかなと思います。
うーん、とりとめのない感じになってしまった。
やっぱり彼女のことは まだ全然消化できていないのですなあ。